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2009-04-17 (Fri)
「公序良俗」という言葉の捕らえ方が、分裂しているように思います。
少なくとも、私の解釈と他の人の解釈がどこか違うなと。
特に違和感を感じたのは、ロンカクで話題を終わらせるために無理やり書いた「公序良俗のとらえ方は人それぞれ違うので決められない。自分で考えても分からなかったら中の人に(どんなものは公序良俗的にセーフか)聞いてみるといい」という言葉。
公序良俗は個人で決められないって言ってんのに、何で中の人(一個人)を持ち出さなければならないのかという!
ずっともやもやしつつも堀り起こすわけにもいかなかったので放置していましたが……テンプレートの《創作者側に求める原則》で、「公序良俗に反する創作はしない」を挙げているので、ちゃんと「公序良俗」に対する自分の考えを洗い出すことにします。
(続きは隠しておきます)
私が《創作者側に求める原則》で「公序良俗に反する創作はしない」を挙げたのは、
閲覧者が不快に思う作品を書く→自分のキャラクターが人を不快にさせることに関わり、印象も悪くなる→我が子の好感度が下がり中の人が悲しむ
とかいう事態等を避けたかったからです。
結論を言うと、私が言うところの「公序良俗に反する創作はしない」とは、「閲覧者をとても嫌な気持ちにさせたり、良くない道に走らせるような作品は書かない」という意味で使っていました。
(良くない道ということで、犯罪を推奨するものとか、脅迫文読ませるとかも駄目だよってニュアンスも含めたかったり……こうして欲張るからややこしくなるって分かってはいるんですが)
思うに、この解釈自体は、そんなに暴走していないと思います。
問題は「閲覧者をとても嫌な気持ちにさせたり、良くない道に走らせるような作品」の判断を「誰の視点を基準に考えるか」および「作品のどの部分を基準に考えるか」だと思っています。
ロンカクでは説明を省いて失敗したので、理由は順を追って書いていきます。


「誰の視点を基準に考えるか」に関しての見方は、ざっと見たところこの3つでしょうか。
①中の人、②中の人や閲覧者、③閲覧者の多数
私の立ち位置は③です。

まず、辞書を引いてみることにします。
〔法〕公の秩序と善良の風俗。国家・社会の公共の秩序と普遍的道徳を意味し、公序良俗に反する内容の法律行為は無効とされ、犯罪の違法性は実質的には公序良俗に反することによる。(広辞苑第五版)
「公共の」秩序と「普遍的」道徳なので、公序良俗は「みんなで」決めるものだと考えています。
だから中の人一人の意見を聞いたところで公共性や普遍性があるとは言えず、「中の人に公序良俗のボーダーを聞く」ことは、「公序良俗」という言葉を整理する直接の解決方法にはならないと思います。

公共性や普遍性を少しでも出したいなら、不特定多数の人間に尋ねることです(全員に尋ねるのが理想です)。
二次創作をする上で、大多数の人間はどのように関わってくるかというと、大抵の場合「閲覧者」としてだと思います。
(100人のコラボで閲覧者が10人しかいないとかいう可能性もなきにしもあらずですが、公開制限とかしていない限りあまり起こらない事態……です……よね?
ごく制限された場は公共の場とは言いがたいので、そもそも公序良俗が適応しうるかが微妙ですし考えないことにします。
施設内は禁煙でも喫煙ルームでならタバコ吸ったって誰も文句言わないのと同じ……たぶん)
つまり公序良俗のボーダーの目安とかを仮に聞きたいなら、中の人に限定せず閲覧者全体に聞くのが最も合理的なはずです。
(私がロンカクで「日本語圏の無宗教の人たち」を公序良俗を作る基準と考えたのは、この「閲覧者」の構成員で大多数を占めるのが「日本語圏の無宗教の人たち」だと考えたからです。
日本語で作品を公開している限り日本語圏の閲覧者が多くなるのは当然だと思いますし、私が運営しているサイトでもアクセス解析で日本語圏の訪問者が圧倒多数であるとの結果が出ています……いずれも辺境サイトですけれどもorz)


もちろん少数派でも、その意見を無視するわけにはいきません。
ただし、誰か一人が不愉快に思った作品を全部消して回ったら、創作物はほとんど残らなくなるんじゃないかと思います。
(たとえば暴力シーンのある創作物とかを消してったら、少年ジャンプから作品が消えてしまうんじゃないでしょうか)
それは創作者側にもその作品を見たいと感じた閲覧者にも不利益です。
よって、どうしても「嫌だと思う人」と「見たいと思う人」の間で妥協点を設けなければならないと思います。
それが「注意書き」や「隠しページ」なんじゃないかと考えています。
ここで注意書きや隠しページが必要な創作物は、必ずしも公序良俗には反しないということを再主張します。
(まぁ、語の意味から一番単純に判断すると、「公序良俗に反する」というのは法に反することですし……。
同時に、R指定などで制限されている作品に公序良俗に反する描写があることももちろん事実ですが)
それ以上に公序良俗というのは、単純な個々の意見に寄らない、もっと全体的な視点から考えられるべきものだと思っています。


「作品のどの部分を基準に考えるか」についてですが、公序良俗が単純に判断できないのは、部分を切り取って判断しがたいものがあるからです。
ややこしいのが書き方の問題です。
たとえば、昼ドラで強姦の描写が出てきたのを見たことがあります。
強姦はど真ん中ストレートで公序良俗に反するわけですが……
①直接的な描写を出さない、②行為を悪として描く
以上の二点によって、部分として公序良俗に反する表現が出てきても、作品として公序良俗に反することを回避しているように思います。
思うに、公序良俗に反する創作か否かっていうのは、作品全体の倫理観から判断されるものであって、表現一つに着目して考えられるものではないと思います。


以上の私の考えをまとめて書くと、
①「公序良俗に反する創作物」とは全員の意見をまとめて判断されるものである
②「公序良俗に反する創作物」とは作品全体の倫理観として判断されるものである

この二点がきちんとそろって初めて、それっぽい判断ができると思います。

で、創作者向けに現実的な話をすると、インターネットは世界規模で展開していますから、本気で公序良俗を突き詰めようとすると、全世界の人に聞かなくちゃいけないことになります。
それはさすがに無理なので、主に中の人・創作者・閲覧者の視点で考え、意見をもらうとそれなりの答えが導き出せると思います。
中の人に聞いてみるのも大切ですが、やはり公序良俗に関しては公共性と普遍性を意識して閲覧者全体を意識することが一番大事だと思います。

あとここからは中の人への提案です。
中の人の意見はもちろん大切なのですが、公序良俗に関しては中の人が内容を決められるものではないと考えてきます。
たとえば中の人が「年齢制限のつくものは公序良俗に反するから、公序良俗に反するなと書いておけば、詳しい規約がなくてもみんな書かないよね」と考えても、それは個人的な意見に過ぎないかもしれません。
もしご自分の中で「これを書くのはよろしくない」というイメージがあれば、それは規約に明記するようお願いいたします。
(そういう方がいらっしゃるかどうかは分からないのですが)

ちなみに公序良俗はみんなで考えるものだと思っていますから、いくら私がもっともらしく戯言を並べても正解なんて出るはずがなく、「納得できない!」という人がいればこれはただの独り言に過ぎなくなると思っています
あくまでこれは「こういう考えはどう?」という提案であり、この機会に私の考えを整理し、これを読んだ皆さんも公序良俗について考えてみてくださいということで(そしてご意見もいただければ非常に参考になります!)。


最後にえらそうなチラシの裏を。
数年前に人権擁護法案というのが話題になったことはご存知でしょうか。
低年齢化する犯罪等を受け、青少年の健全な精神活動のために表現に問題のある創作物を規制しようという法案だったと思います。
これが施行されていれば当時色々と話題だった「デスノート」等の漫画は販売禁止になっていたかもしれません。
結果的に、漫画や創作が好きな人たちを中心とした反対運動により、法案は凍結しています。
ですが過激な描写を伴う創作物が、閲覧者に何らかの影響を与えていることは事実だと思います。
これは公序良俗が法案という形で創作者たちに問われた例だと考えています。
表現の自由といいますが、自由は責任なくしてありえないと思うのです。
「その創作物が閲覧者の精神・行動にどのような影響を与えるか」を考え、創作者としての責任を自覚することを忘れないでほしいと思います。

公序良俗は文章としての厳密なボーダーを持ちません。
日本の法律は公序良俗に基づくものとして明文化されていますが、それも公序良俗の一部でしかありません。
時代によって人々の意識が変われば変化してしまうものでもありますし、完璧に一人一人の意思を尊重できるものでもありません。
そのあやふやな公序良俗を守れるのは、良心的な創作者の心だと思っています。
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